不利な立地にあえて出店。店がまちをつくる|〈株式会社スペサン〉やまもとほうらいさん
中央通りが静かに盛り上がっている。
金沢の繁華街・片町から徒歩数分。かつては夜になると人通りがまばらだった中央通り・長町エリアがいま、少しずつ変化を遂げている。その中心にいるのが、やまもとほうらいさんだ。
完全予約制の〈ジブンチ〉を筆頭に、朝食が人気のカフェ〈アイソトープ〉、予約不要のカジュアルバル〈ニューロン〉、明治時代の町家を再生したワインショップ(酒販店)〈ボンド〉と、数百メートル圏内に性格の異なる4店舗を次々と展開している。
「店がまちを作る」
自らの店舗を通じてまちなかの風景を編集し、新たな人の流れを生み出す。やまもとさんは料理人でありながら、ビジネスセンスを持つ経営者だ。

起業の原点は「自分を試したい」衝動
「このまま普通に卒業するのはおもしろくない」という衝動に駆られ、1年間の休学を決意。2009年、約500万円を握りしめ、金沢一の繁華街、片町エリアで居酒屋〈かぼちゃ家〉を立ち上げた。
「ちょっといい車を買ったと思えばそんなもんかな、ダメならやめて就職すればいい。そんな軽い気持ちでした」と当時を振り返る。片町は今よりも“カオス”だったという。
「良くも悪くも、エネルギーが渦巻いていました。僕のお店は朝5時に満席になって、そこからさらに2回転、3回転していました。ただうちが特別なのではなく、周囲のどの居酒屋もそんな感じでしたね」
しかし若さゆえの勢いで始めた経営、そして店の業務に忙殺されていたからかもしれない。ふと「10年経って店を畳んだ時、自分には何も残っていないのではないか」という不安にかられたのだ。
そこで一生続けられる「手に職」が必要だと考え、イタリア料理の道へと進む。金沢や東京のレストランで計4年半の修行を積んだ。帰郷後、一度は自身の店を持ったものの、理想と現実のギャップに悩み、ほどなく閉店。1年半ほどいくつかの店を転々としながら自らのスタイルを模索する「雌伏の時」を経て、2020年3月、満を持して〈ジブンチ〉をオープンさせた。
立地は不利でも、わざわざ足を運ぶ価値のある〈ジブンチ〉

〈ジブンチ〉という店名には、「自分の家」のようにくつろいでほしいという願い、そして自分自身が通う場所という想いが込められている。立地として選んだのは、繁華街の喧騒から少し離れた中央通り。当初、銀行からは「もっとまちなかに近いところでやってください」と融資を断られるほどのエリアだった。しかし、やまもとさんには確信があった。
「当時はたくさんの人に知ってもらいたいという思いではありませんでした。通りかかってフラッと入る店ではなく、知る人ぞ知るお店がいいと思っていました。SNSがある現代、立地の不利は致命傷には至らないはずだと」
〈ジブンチ〉では、金沢の素材の魅力を提示した。津幡町にある実家は農家でもあり、米や野菜、卵など、家族の手によって育てられたものが並ぶこともある。さらに自身が狩猟免許を持ち、自ら山に入って仕留めたジビエもメニューに並ぶ。免許自体は以前から持っていたが、本格的に山に入るようになったのはコロナ禍だった。
「仕事に余裕ができて、毎日山に行くようになったんです。すると獲物の足跡や習性、山の状態が手に取るように分かるようになってきて楽しくなりました」
現在も週に3〜4回は山に入り、主にイノシシを狙う。自ら仕留めた獲物をその日のうちに捌き、最高の鮮度で客に提供できるのは、猟師兼料理人であるやまもとさんの特権だ。
奇をてらわないが力強い料理の数々は、食通たちの心を掴んだ。こうしてオープンからほどなくして〈ジブンチ〉は金沢を代表する人気店へと成長した。
まちなかの空白を埋めて分母を増やす

当初は〈ジブンチ〉1店舗で長く続けるつもりだったやまもとさんだが、まちなかを歩くなかで考えが変わり始める。「朝、コーヒーが飲める場所がない」「予約なしで2軒目に行けるワインバーがほしい」。自分自身が感じる「まちなかに足りないもの」を埋めていく作業に、この地域の将来性を感じた。
「1店舗だけでは、なかなかインパクトを与えられないし、楽しくない。例えば〈アイソトープ〉で朝食を食べて、武家屋敷を散策してお昼は〈松本〉さんのおそば、〈POP BY COFFEE〉さんでお茶して、夜は〈ジブンチ〉、2軒目に〈ニューロン〉みたいな。異なる役割の店が点在していれば、人の流れを変える力になります。業態が異なれば奪い合うことはなく、逆に地域に分母が増えていくと思っています」
物理的な距離の近さも戦略のひとつだ。〈ジブンチ〉〈アイソトープ〉〈ニューロン〉〈ボンド〉の全店舗を目が届く徒歩圏内に集中させることで、スタッフの定着やクオリティの維持、さらには店舗間の客の回遊を実現させている。
本来は、成功した店舗に追随してほかの会社の店舗が地域に参入し、まちなかや通りが活性化していくものだろう。そのムードを、まずは4店舗を経営するやまもとさんの会社〈スペサン〉で見事に演出している。
自らはリスクを背負って、若者にチャンスを。

「〈ジブンチ〉、そして〈POP BY COFFEE〉さんができたくらいから、あきらかに中央通りに若い人が歩くようになりました」
2022年にオープンしたカフェ〈アイソトープ〉は、朝8時(土日は7時)からオープンしているカフェ。モーニングプレートやケーキ、焼き菓子などが人気で、朝食の時間帯から人を集めている。この店が状況をさらに後押しし、若者や観光客を呼び込むようになった。そんな光景を見て、まちなかを編集する手応えを確信した。
続いて誕生した〈ニューロン〉は、〈ジブンチ〉が完全予約制のコース主体になったことへのカウンターとして、「予約不可・アラカルトのみ」(オープン当時)という自由さを提供した。

〈ニューロン〉の開業には「若い人を雇いたかった」という目的もある。
「社会的に人手が足りないといわれているなかで、自分の力不足もありますが、すぐにやめてしまうスタッフも一定数いて、もったいないなあと思っています。全くの初心者がいきなり、いわゆる“レストラン”には入りにくいですよね。そういう人の受け皿になりたいんです。うちである程度基礎的なことを覚えてもらって、それから〈ジブンチ〉でもいいし、レストランなど次のキャリアに進めばいい」
イタリアン業界に従事する人の母数を増やすことで、将来的には自分にも返ってくるし、それにともなってお客さんも増えるだろう。
「最近、20 代の独立がすごく減っているんじゃないかと思っています。その背景として、以前は1000万円で開店できたものが、今だと2000万円ほどかかる。その金額だと少しリスクが高く、ハードルが上がっている。だから、僕はこれからもどんどん出店していって、若い人がチャレンジしていく機会を与えられたらいいなと思っています」

チャレンジする夢も大切だが、経済的な安定がなければサステナブルになっていかない。それもしっかり考えたい。
「お金の問題で夢を諦めるようなスタッフを出したくない。ここで働いているおかげで(経済的に)結婚できました、と言ってもらえる環境を作ることが理想。きれいごとだけではスタッフを雇えません。経営において重きを置いているのは、当たり前ですが稼ぐことです」
言葉の端々にビジネス意識が宿っている。この責任感こそが、多店舗展開を突き動かす原動力となっている。
やまもとさんのお店づくりは、それぞれがテイストが違って個性的だ。効率的で普遍的な経営を目指すならば、AIにでも相談すればいいだろう。しかしそうしたビジネスライクに割り切らないことは、やまもとさんの魅力であり、実はそれこそが彼のビジネスセンスでもある。
「誰にでも刺さるものは、誰にも刺さらない」。それなら誰に刺さるのかと問えば「結局、自分ですね」と応える。自分がリスクを背負っているからこそ、なせることだ。
ワインをもっと自由に、コミュニケーションのツールに

やまもとさんの最新の挑戦は、ワインを通じたライフスタイルの提案だ。
「これまでのレストランでは、ワインの値段はソムリエに聞かないと分からないブラックボックスでした。それでは不親切だし、若い子がワインを敬遠する理由にもなる」
2025年11月にオープンしたばかりのワインショップ〈ボンド〉と、2024年にオープンした〈ニューロン〉では、ワイン特有の「敷居の高さ」を取り払う試みを続けている。
〈ニューロン〉の2階にあるウォークイン・ワインセラーでは、すべてのボトルに価格と「すっきり」「渋味」などの味の特徴を記したタグが付けられている。客は自らセラーに入り、宝探しのように自分好みの1本を選ぶことができる。

〈ボンド〉はそれをさらに推し進めたワインショップ。角打ちも行ない、よりカジュアルなものとしてカルチャーを作っていく。木工用ボンドのように「人とワイン」「人と人」を接着する場所でありたいという願いから名付けられた。
ワインは単なる飲み物ではなく、会話を生み、人生を豊かにするコミュニケーションツールである。金沢のワイン人口を底上げし、より自由に人の交流を活発化させたい。その想いが、やまもとさんの店作りには通底している。
0から1を作り、次の世代へバトンを渡す
やまもとさんは、自らの役割を「0から1を作る立ち上げ屋」だと定義している。店舗のコンセプトを固め、リスクを取ってハコを作る。そこから先、1を10にするのは、若いスタッフたちを信頼して任せている。〈ジブンチ〉だけの頃は、もっと承認欲求が強かったという。ここ数年でその気持ちが変化してきた。
「若かったこともあって、以前は自分ひとりで完結させるつもりでした。とにかく評価してほしい、と。それがある程度満たされてくると、チームで成し遂げていくおもしろさや喜びを感じ始めました。絶対にひとりではできませんので」
成功事例を見れば、やる気のある、おもしろい若手人材もどんどん集まってくるだろう。
まだまだ野望は続く。居酒屋も考えているし、中央通りから飛び出し地元の津幡町でもカフェを模索中。宿泊業にも興味があるし、東京出店も夢だという。頭の中には常に何かが蠢いている。
「自分が通いたい場所」をまちなかに増やしていく。その極めて個人的で純粋な欲求が原点だが、それを見事にビジネスとして成功させることで、結果として金沢に新たな呼吸をもたらし、次世代の料理人たちが羽ばたく土壌まで耕しているのだ。
PROFILE
やまもとほうらい
石川県河北潟津幡町出身。2009年、金沢の大学在学中に居酒屋〈かぼちゃ家〉オープン。その後、金沢や東京のイタリアンレストランで計4年半の修行を積む。2015年、オーナーシェフとして〈トラットリア・チカーラ〉をオープン。2020年3月〈ジブンチ〉をオープン。2022年〈アイソトープ〉、2024年〈ニューロン〉、2025年〈ボンド〉と、すべて金沢市の中央通りに続けてオープンする。
INFORMATION
jibunchi(ジブンチ)
https://www.instagram.com/jibunchi_kanazawa
isotope(アイソトープ)
https://www.instagram.com/isotope_cafe
neuron(ニューロン)
https://www.instagram.com/neuron_kanazawa
bondo(ボンド)
https://www.instagram.com/bondo_kanazawa