まちなかに映画館があって、地域の文化は育っていく|シネモンド支配人 上野克さん
金沢市の中心部、香林坊に位置する映画館〈シネモンド〉は、1998年の開館以来、石川県内唯一のミニシアターとして独自の文化をつくってきた。
設立のきっかけは、渋谷にある映画館〈ユーロスペース〉の元宣伝担当であった土肥悦子さん。『桜桃の味』という作品で「カンヌ国際映画祭」の最高賞「パルムドール」を受賞したばかりのアッバス・キアロスタミ監督が、彼女を訪ねて金沢に来た。そして世界的な巨匠を招いた自主上映会が、当時の「KOHRINBO 109(現クラソ・プレイス香林坊)」のホールで行われた。それが〈シネモンド〉の原点である。
現支配人は開館前の自主上映時代から働く上野克(まさる)さん。ほかのスタッフも長年勤めている人ばかりという。「なんだかんだいって、みんなこの場所が好きなんでしょうね」と笑う上野さんだが、25年以上も同じ場所で、同じ業態を続けてきた意義は大きい。スタッフからもお客さんからも長く愛されている映画館。そこから見えた金沢のまちなかを上野さんが語る。

まちなかの密度が薄くなった
シネマストリートという通りがある。かつては映画館が軒を連ねたからその名があるわけだが、現在は隣接する〈クラソ・プレイス香林坊〉にある〈シネモンド〉1軒を残すのみ。
支配人である上野克さんは静岡県出身で、金沢大学への進学で金沢に来た。学生時代はまちなかの柿木畠にあるジャズ喫茶〈ペーパームーン〉でアルバイトをしていた。ちなみにその上の階にあるバー〈広坂ハイボール〉でアルバイトをしていたのが、現在の〈パーラー・コフク〉の福谷英司さんだ。
「同い年なんですけど、僕は大学を2年留年していて、ふくちゃんは1年浪人・1年留年。結果的に卒業が同じ年になりました。卒業後に僕はフリーターとして映画館で働く、福ちゃんはバーテンダーになるので広坂ハイボールに残る、と。じゃあ一緒に住もうということになりました。彼は独立し、結婚して子どもも生まれて立派になっていくわけですけど、僕は当時からあまり進歩がないように感じます」

そんなアルバイトをしていた大学時代は、金沢のまちなかに変化が起こり始めた頃だった。上野さんが大学入試を受けた会場は金沢城の敷地内だったが、いざ入学してみたら、キャンパスは山の中へ移転。同じ頃、近くにあった石川県庁が、繁華街とは駅を挟んで反対側の駅西エリアへと移転する。2つの移転が引き金になり、金沢駅から海寄り・西側、そして郊外へとさまざまな機能が移っていくことになる。そこから、まちなかの空洞化が始まった。
「まちなかの密度が薄くなっていきましたね。日常生活をまちなかで過ごしていた学生も、ビジネスマンもどんどんいなくなっていった。観光に寄せていった結果だと思いますが、日常の生活感や文化の厚みがなくなったと思います」
インターネットやSNSの普及がそれを後押しし、より顕著になっていった。
「直接、物を見に行かなくても、圧倒的な情報がネット上にあふれていて、それで購入を判断することに慣れてしまっているのだと思います。だから無目的にまちなかを歩くことが減りましたよね。もちろん金沢だけの話ではないですけれど」

映画は見ても、映画館に行く回数は減っている。
映画についても同じような現象が起こっている。サブスクリプションの普及などにより、映画という「コンテンツ」を見る機会は減っていないかもしれないが、映画館で「体験」する回数は減り、一般的にその価値は下がってしまっている。
「インターネットのレビューなどで確認して、“損をしない”ことを確認してからピンポイントで映画館に観に行く。みんな他人の評価を気にしすぎだと思います。簡単に自分のことを『◎◎オタク』だなんていって知っているつもりになりがちですけど、それも無理がないくらい簡単に手に入る情報であふれていますから」

最近は、「タイパ=タイムパフォーマンス」という概念が流行っている。映画を早送りして見る人もいるようで、つまり、情報としてのあらすじだけがわかればいいということだろう。その対極にあるのが、映画館に行くという行為ではないだろうか。ソフトを自分に取り入れる以前に、家を一歩出るところから、その映画体験は始まっている。
「90年代くらいまではそのような感覚はありましたね。オシャレしたり、デートとして行く場所だったり」
例えば1996年公開で大ヒットした『トレインスポッティング』という映画は、当時のUKユースカルチャーが詰まってた映画で、そういう人が集まる場所であることを意識して行くものだった。上映されていたのは渋谷の〈シネマライズ〉という映画館で、このような映画の聖地だった。

「『あの映画館に行けば、何かおもしろいものが上映されているだろう』ということも必要です」
それが〈シネモンド〉を始めミニシアター系の個性であり、ブランドのはずだ。映画館というよりはカルチャースポットなのである。「映画館はどちらかというとバーに近い。それは本来のかたちでもある」と言う上野さん。
「映画という商品を仕入れて、店頭に並べて出す。バーみたいな感じで、ウイスキーならどのお店でも同じ銘柄のものを出しているけど、飲む店によって、飲む場所によって、違う味に感じる。それは雰囲気や人によるものです」
これが体験だ。映画館も全国で同じ映画を上映する。しかし観る映画館によって体験は異なり、それが感じ方の変化にもつながってくる。
「同じ映画、同じコンテンツ情報が頭に入ってくるにしても、見る環境によって明確に質が変わってきます。まったく別の体験になるはずです。『静かな映画こそ映画館で見るべき』だと私たちは思っています。一般的には大迫力の映像と音響の映画を映画館で見るべきといわれますが、静かな映画は、風がすっと吹き抜けていく雰囲気を感じられたりする。スクリーンという窓の向こうに広がっている世界を覗き見できる場所が映画館だと思います」
映画館があって、カルチャーが育つ

映画館が少ないと、地域にカルチャーが育っていく素地ができていかない。
「若い人は元気がないと言われますけど、少子高齢化の影響などで、経済的なことや環境としてかわいそうだと思う側面もあります。ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』という映画を、よく学生たちに見てもらいます。以前は『かっこいい』というような感想だったんですが、最近は『主人公はどうやって生計を立てているのか気になる』という感想が出てくる。本人たちに余裕がないんでしょうね。堅実な考え方をもっているから、昔の人々が感じていたようなロマンを理解するのが難しい。理解する余裕を与えられてない社会、ともいえます」
いまはミニシアター系の映画館が少ないので、それに影響・感化される人も増えない。そういう人がまちなかにいなければ、映画館も増えていかない。「鶏が先か、卵が先か」。
「県外からゲストが来たときに、『金沢は文化的なまちでいいね』とよく言われます。でも果たして本当にそうでしょうか。たしかに作家さんはたくさんいて、文化度が高い側面もある。しかし作家さんが多いことや、それだけ豊かな環境であることに、ちゃんと気がついて享受している人たちはどれだけいるのだろうかと」
まちなかの生の情報を手に入れやすい規模感の金沢。しかし……

ほとんどの情報にアクセスできる現代。情報ではなく、フィジカルな体験として残されているものとしては、飲食があるかもしれない。
「映画や買い物が、まちなかに出てくる理由にならなくなったというのはよくわかります。いまは飲食店が、まちなかに出てくる動機になりやすいかもしれませんね。夜に飲みに来る場所として、金沢のまちなかは使いやすいと思います。規模感もいい」
まちがコンパクトにまとまっているので2軒目、3軒目と動きやすく、あちこち歩きやすい。するとまちなかの「生の情報」が入ってくる。
「飲みに来たり、まちなかで人や場所と交わることで、自分の手の届く範囲でおもしろそうなことが起こっているということに、敏感になれると思うんです」
SNSで見かけた(そして知ったつもりになってしまう)表面的な二次情報よりも、自分で手に入れた一次情報のほうが、はるかに深くインプットされる。その後にまちなかへ出かけていく確率は、結果的に高いのではないか。
「まちなかってそういう場所であるべきだと思っています。そのきっかけのひとつに映画館があれば、よりうれしいです」
映画の文化を残すために、地域とつくりあげていく

これから映画館、特にミニシアター系はどうなっていくのか、どのような未来が理想的なのだろうか。
「映画館と一緒に、飲食店、書店、ギャラリーもある、というような複合的な施設もアリだと思っています。地元の作家さんの工芸品が置いてあったりして、まちで暮らしている人たちがちゃんと消費できる場所と映画館が一緒になっていたらいい。地元のいいものを扱っている隣に映画館がある、というのが理想ですね。自分がいいと思ったものに対してきちんと対価や労力を払ってくれる人を大切にしたいし、増やしたい」
そうしたお客さんや土地との関係性も見つめ直すことになりそうだ。
「映画館に限らず、どんな業態でも、土地からの預かりものだと思っています。経営はわれわれがやっているけど、本質的には利用する土地の人たちのものなのだと」
映画館のスタイルは、時代に合わせてどんどん変わっていく。例えばライブハウスを使っていない昼間に映画を流したり、曜日ごとに映画館とカフェが入れ替わるお店だったり。まだまだ多様で柔軟な考え方ができる。体験価値の幅は広がっていく可能性がある。
「金沢のまちなかに、映画を観られる環境が少しでも増えたらいいなあと思います。そうしたら、現在のシネモンドの役目は終わっていくのかもしれません」
いち映画好きとしても、映画を観られる場所をまちなかに保っていきたい、それがシネモンドでなくても。上野さんの映画業界全体に対する思いだ。

PROFILE
上野克|1975年生まれ。静岡県出身。金沢大学土木建設工学科を卒業後、シネモンドで映写技師としてアルバイトを始める。2006年より支配人として勤務。好きな映画は『ジョーズ』『遊星からの物体X』『タレンタイム〜優しい歌』。