店舗の立地に合わせた、楽しく負けない生き方|〈#SPATIAL空間〉〈SOSI:〉大野知哉さん
金沢市のなかで、石引から広坂にアパレルショップ〈#SPATIAL空間〉を移転、鱗町にはカフェバー&ギャラリー〈SOSI:〉をオープンするなど、まちなかを軽やかに使っている印象がある大野知哉さん。「中心地よりすこし外れた場所が好き」というなかで、どのように立地を考え、お店を運営しているのか。

金沢にアントワープを感じた
富山県で生まれ育った大野知哉さんは、高校卒業後に東京のファッション専門学校に進み、卒業後、フランス・パリに渡る。パリでもファッション系の学校に進学したが、学校での座学よりも「スタージュ」と呼ばれる企業研修に積極的に参加し、さまざまなメゾンやコレクションブランドで勉強を重ねた。
東京に戻った大野さんは、2004年に自身のブランド〈AUGUSTE-PRESENTATION(オーギュストプレゼンテーション)〉を立ち上げるなど、ファッション業界で活躍するようになる。ブランドは国内100店舗、海外にも卸せるほどにまで成長した。
2011年、東日本大震災が起こる。これをきっかけに多拠点生活を考えるようになったという。
「うちのブランドは九州が強かったので、熊本もいいかなと思ったんですけど、僕、飛行機がすごく苦手で。毎月のように飛行機を使って往復するのはイヤだなと思いました。それならば新幹線で行きやすい地域がないかと探したんです。正直にいうと、ド田舎はあまり好きではないし、東京、京都、福岡クラスの大都市も避けたいと思って。例えば六本木で飲んでいるときに友だちから連絡がきて『代々木上原にいる』というので行く。そのあと世田谷の家に帰る。これは石川でいえば相当の距離なんですよ。だから歩いて移動できる距離感で暮らしたいと思っていました」
東京に住んでいたことがある人なら、よくある話だ。だからといって、出身地である富山や周辺の北陸、金沢にすぐ目が向いたかといえば、そんなこともなかった。金沢移住に向かうきっかけは、ブランドのお香をつくってもらっていた〈kappa堂〉早見たくやさんだった。
「金沢在住の早見さんはすごくおもしろい人ですよって話を聞いて、まだ僕も直接会ったことはなかったし、一度、金沢に会いに行ったんです。そうしたら、金沢がベルギーのアントワープみたいに感じたんですよ。田舎だけどアートや文化が強くて、まちのポテンシャルがある。北欧と北陸の曇り空的な気候も似ているし。犀川を見ればドイツっぽくも感じてきて。急に金沢が魅力的に感じました」
それから半年間ほど、月に何日も訪れるようになる。
「実家は富山だから近いし、もう金沢でいいんじゃないかと」

石引から広坂へ店舗移転。まちによる変化を感じて。
こうして約9年前に金沢に移住した大野さん。最初の1年間はおいしいものを食べたり、ブラブラしていて、特に何もしていなかったという。あるとき、早見さんの紹介で〈石引パブリック〉という書店・印刷工房を始めた砂原久美子さんと知り合う。石引に行ってみると〈石引温泉〉を発見した。
「ずっと風呂が好きで。昔からあまり家で風呂に入らず、銭湯ばかり行ってました。石引温泉は源泉かけ流しですごくいいんです。近くに〈福光屋〉もあって、お酒の仕込み水が汲めると知って。自分にとって重要な温泉と水、どちらも近くにいい場所がある石引が好きになったんです」
こうして石引エリアに住み始めた。この頃「だんだん暇になってきて、洋服屋でもやろう」と思い始めていて、ほどなく〈#SPATIAL空間〉というお店も構えることになる。繁華街からは少し離れた石引に、である。
「セレクトショップではありますが、最初は自分のブランドが中心だったので、マニアックな場所でもいいと思ったんですよね」
確かに、ふらっと立ち寄った人が買っていくというよりも、知っている人がそのお店をめがけて買いに来るタイプのブランドだ。人の往来は多くなくてもいいのだろう。
「当時はまだ石引パブリックもできたばかりで、辺鄙な商店街という感じでした。お店にも本当に客が来ない日もある。でも、それでいいと思っていました」

2025年9月に〈#SPATIAL空間〉は金沢の一番の中心地ともいえる、香林坊と広坂を結ぶ百万石通りに移転する。〈兼六園〉まで徒歩数分、〈21世紀美術館〉はすぐ裏手という立地だ。その背景には、自身のファッション感やブランドとしての心境の変化があった。
「サステナブルな素材を使ったり、結構、突き詰めてものづくりをしていたんですが、どうやっても無駄とかロスが出てしまって、環境に絶対にいいとは言い切れない。自分がやっていることが社会にいい影響を与えていないと、葛藤するようになったんです。それで一旦、ブランドを休止しました」
その頃、同い年で仲が良かったブランド〈COMOLI〉の小森啓二郎さんから〈#SPATIAL空間〉で〈COMOLI〉を扱ってほしいと相談があった。当時人気が急上昇していて、今ではすぐに売り切れてしまう人気ブランドだ。
「自分のブランドだけであれば、石引のような離れた場所でもよかったんですが、COMOLIを扱うのであれば、きちんと売り上げを担保できるような場所に移転する必要も考え始めたんです。ちょうど石引の店舗の契約更新があり、広坂の店舗の物件も出てきて、いいタイミングが重なりました」

扱う商材によって、店舗のあり方は異なる。まちなかのエリア特性に合わせた行動といえる。ただ、そのような理由で移転してきたはずだが、実際に店舗を訪れてみると、看板は出ていないし、決して開放的とはいえない。石引のときと変わらず、ちょっと隠れている。
「ふらっと何の気なしに入ってきたお客さんには、驚かれるくらいの価格の商品を扱っているので、変に接客で売るという感じでもありません。でも石引と広坂で売り上げがこんなに変わるんだと。これでも、自分のなかでは結構気持ちが変わりました」
石引と広坂では2キロ程度しか離れていない。東京でいえば大した距離感ではないが、金沢においてはまったく違うまち。
「石引は、東京でいえば学芸大学あたり? まあ今でこそ洋服屋もたくさんあるので10年前の学大かな。広坂は銀座です」
鱗町でカフェバー&ギャラリー〈SOSI:〉を始めたワケ
飲食店をやりたいと思って始めたのが、鱗町の〈SOSI:〉である。この店舗では大野さんはオーナーとなり、実際に店を運営しているのは本川潤さん。彼は、大野さんが金沢に来た頃、ファッション系専門学校の学生だった。何度か学校で講義を行った縁で知り合った。
彼が卒業後に、本川さん自身が手がけていたブランドでファッションショーをやりたいという相談を大野さんに持ちかけた。
「僕がパリでコレクションを手伝っていたので、相談に来てくれたんです。まずは会場を探さなくてはならない。貸しスペースのような場所を借りるとありきたりになってしまうので、『まちを歩いて使われてなさそうな廃墟とか探すといい』とアドバイスしました。そういうほうが好きそうだったので。そうしたら自分で探してきて、結果、大成功したんですよ」
大野さんのまちなかを見る視点を、実際のやりとりをするなかで学んでいった。そして飲食店をやりたいと思ったときに、本川さんに白羽の矢を立てた。
「『おまえに店長になってもらいたいから、自分がやりたいと思う場所を探してきて』と言ったら、あちこちの物件を持ってきましたね。それで家賃に加えて、固定費とかランニングコスト、自分の給料など、具体的にどれくらいかかるか計算して教えたんです」
それを理解できれば、店を維持していくために必要な売り上げが見えてくる。逆算して、どのくらいの家賃で押さえればいいかもわかる。
「ぼくは合気道をやっているんですけど、『勝つ』ではなく『負けない』ことが重要だと思っているんです。だから多少のことが起きても大丈夫なくらいの家賃がよいのではないかと。すると何軒目かで、家賃が安いあの鱗町の物件を持ってきたんです」
鱗町の交差点からほど近い立地。常に賑わっているわけではないが、ポツンポツンと気になるお店が点在している。
「最初はもう少し中心地がいいかなと思っていたんですが、あいつも俺と同じで、ちょっと外れが好きというか。それに周辺にもまだあまりお店もなかったんです。〈ペタル〉の前身の〈オノマトペ〉くらいかな」
こうして〈SOSI:〉がオープンし、いまではカフェ&ギャラリーとして、鱗町でも異彩を放っている。文化が混ざり合う境界が新しいものを生み出すといわれるが、それを地で行くような立地であり、店なのだろう。

負けない材料が揃えば、楽しく遊べる
「まだ公にはできませんが」と言いながら、今後金沢で考えている展開を断片的に教えてくれた。これまでとは大きく異なる展開だが、前述したとおり「負けない戦い」だという。
このように、まだまだいろいろな事業を考えている大野さん。
「事業というとかっこつけすぎですけど、基準は楽しいかどうか。だから負けない材料さえ揃えば、あとは遊べるんです」
好きなことを続けるために、負けない戦いをする。サステナブルな事業にしていくために、立地とそれにともなう物件選びに大野さんらしさが滲み出ていた。
PROFILE
大野知哉|富山県生まれ。高校卒業後に東京のファッション専門学校に進み、卒業後、フランス・パリに渡り、ファッション系の学校に進学。企業研修に積極的に参加し、さまざまなメゾンやコレクションブランドで勉強を重ねる。東京に戻り、2004年に自身のブランド〈AUGUSTE-PRESENTATION(オーギュストプレゼンテーション)〉を立ち上げる。2016年、金沢に移住。まちなかに〈#SPATIAL空間〉や〈SOSI:〉などをオープンする。
https://www.spatial-kuukan.co.jp/
https://www.instagram.com/sosi_jp/