今と昔の重なるまち、未来につなぐひとつの音頭|VIDEOTAPEMUSICさん
金沢中心部の南東に位置し、金沢城築城のために切り出した石を運んだことが地名の由来である石引(いしびき)。商店街には、400年以上続く老舗から新しい店舗までが軒を連ね、老若男女が行き交う活気あるまちだ。
そんな石引に、作品制作のために何度も通ったVIDEOTAPEMUSICさん。2024年に開催された「発酵文化芸術祭 金沢」にはアーティストとして参加し、酒造りの労働歌である「酛かき唄」を題材にした楽曲と、真夜中の石引の映像を組み合わせた作品「While I was asleep」を発表。その後も金沢との縁は続き、石引商店街振興組合結成60周年/平成版「石引音頭」発表30周年記念として「石引ゲバゲバ音頭」を制作し、2025年8月にリリース。彼の視点から見える、まちの姿を聞く。

先入観を持たず、まちを歩いて一から知る
–発酵文化芸術祭をきっかけに、最初に金沢に来たときの印象はいかがでしたか?
VIDEOTAPEMUSIC:発酵文化芸術祭の視察で最初に金沢に来たのが2024年の4月だったんですよね。金沢のまちをしっかり見て歩いたのはこのときが初めて。正確に言うと金沢に来ること自体初めてではないけど、最初にライブで来たときは大雪で、ライブハウスしか行かなかったから何にも分からなかったですね。回転寿司を食べたくらい。ライブでいろんなまちに行くけど、ライブハウスとホテルしか行かないことは結構ザラにあって。そうするとまちをもうちょっと歩きたいなという欲が自分の中に生まれてきて、近年は自主的にまちを歩くようになりました。
–制作がスタートしてからは通う回数も増え、たくさん歩かれる中でまちの解像度が上がっていったのではないかと思いますが、まちに対する印象は変化しましたか?
VIDEOTAPEMUSIC:うーん、そもそも先入観をあまり持たないように意識しているから、印象が何か変化したっていうよりかは、ほんとに一から知っていった感覚。発酵というテーマから入ったので、最初はやっぱり食文化のインプットが多かったですね。美味しそうなご飯屋さんを調べるんですけど、マップでリストアップした行きたいお店がいっぱいありすぎて大変でしたね(笑)。まちを歩く中で「ここがおすすめ」とか、また話にも出ますからね。

まちの音、まちの響きを知るために
–発酵文化芸術祭では、作品制作のために夜の石引にも何度も行かれていましたね。
VIDEOTAPEMUSIC:そうですね。夏の夜中、ひたすら徘徊していましたね。昔の民謡はライブハウスやスタジオみたいな音楽のために防音された空間じゃなくて、酒蔵の中や、雑音があるような生活空間の中、マイクなんて通さないで歌われていた。酒造り唄を題材にするにあたって、どういう気持ちで歌われていたか理解するためにも、実際に歌われていたまちの音、まちの響きを大事にしていました。工事、エアコンの室外機、車、今はそういう音がある。でも虫の声や水の音は当時も変わらずそこにある音なんだなと思ったし、それを現代でしか鳴っていない音と組み合わせた作品にしようと考えました。


受け入れる土壌と、安心感のあるまち
–発酵文化芸術祭から続いて「石引ゲバゲバ音頭」の制作に入るにあたって、依頼があったのはいつ頃でしょうか?
VIDEOTAPEMUSIC:モカさん(※)から滞在中何度か、盆踊りのこととか、石引商店街の新しい曲を作りたいという話があるのをポロポロ聞いていて、可能だったらお願いしたいと。徐々に具体的になっていって、動き始めたのは2025年の年明けですね。曲の制作は一気にやりましたね。
(※)石引のカレー店「JO-HOUSE」オーナー・本池和樹さん
–オファーがあったときには、前向きに考えていらっしゃいましたか?
VIDEOTAPEMUSIC:最初は結構慎重というか…。僕もいわゆる盆踊りの曲も作ったことはないし、過去にアーティストインレジデンスで作った曲も、大衆的なものというよりちょっと実験的なものが多かったから、いろんな世代の人が来る盆踊りの曲はできるかな、という不安はありました。でも、モカさんが過去に“DJ盆踊り”をやっていたと聞いて、そういう外からのものを受け入れる土壌がしっかりできているところなんだなと思ったから、安心して引き受けられました。1995年の平成版「石引音頭」もまちの人が作っていて、今回もきっと一緒につくれるだろうなっていう予感がありましたね。

–石引商店街のみなさんとのレコーディングには、お子さんからお年寄りの方、犬を連れた方まで約30名の方が参加されていて、その意欲に驚きました。
VIDEOTAPEMUSIC:若い人、外から来た人ばっかり盛り上がっちゃって、まちに住んでいる人を置き去りにしていたり、輪に入れない空気になったりしたら嫌だなと思ったけど、そんなことはなくて。それはもうほんとにモカさんととわさん(※)をはじめとした商店街のみなさんの力があったからで、「ああこれは、僕も安心して乗っかれるな」っていう感覚はありました。石引自体にそういう安心感がありましたね。外から来た人と地元の人たちがちゃんと仲良くやっているまちだなって。
(※)本池和樹さんの妻、本池とわさん

–VIDEOさんからみた石引は、新しいものを受け入れる土壌があるという印象でしょうか?
VIDEOTAPEMUSIC:そうですね、もともと学生街だからっていうのもあるかもしれないけど、外から入ってくる若い人に対して割とオープンなところは感じつつも、老舗がちゃんと残っているところも僕はすごくいいと思う。いろんな時代にできたお店が商店街の中に共存しているから、この商店街はどういう時代を経て発展して今の形になったのか、わかりやすい。歴史が目に見えてわかるってことは、新しく外から来た人も「ああここはこういうまちだったんだ」というのを理解するきっかけがいっぱいあるだろうし。道もはっきりしていますもんね。もう景色にそのまま歴史が刻まれているというか。新しいお店もあれば、福光屋みたいに何百年っていう老舗もあって、うまく馴染んでいますよね。
–さまざまな土地でフィールドワークを行って作品制作をされていると思いますが、今回の石引のような関わり方は初めてでしょうか?
VIDEOTAPEMUSIC:今まで曲を作った地域に、自主的に再訪したりライブをしに行ったりすることはあっても、再び依頼が来てこれだけの数通ったのも、ここまで一緒に歌詞を作ったのも初めてですね。
歌い出しはまちの人に導かれて
–歌詞を作るためのアンケートを通して、まちの人も制作に参加できるのがいいですよね。結構な数をまとめられたと思うんですけど、そういう制作の裏側で印象的だったことはありますか?
VIDEOTAPEMUSIC:ほんとにみなさん積極的に書いてくれて、やっぱり自分のまちに対して思っていることとか、伝えたいことをしっかり持っているんだなっていうのを感じました。全然3分の曲じゃ収まりきらないほどのアンケートの回答をもらっているから、まとめるのがなかなか大変でしたね。大きなテーマとしてあったのは「古いものと新しものが共存していること」で、それを自分たちのまちの魅力だと書いてくれている人がいっぱいいる印象だったので、それを軸にして考えました。最初は2番までしかなかったんですが、これだとアンケートの内容を語りきれない!って、3番に増やしましたね。歌詞に関しては、モカさんととわさんから積極的なリクエストもあったから、一人で作ったというより共作って感じですね。最初僕は少し消極的で、石引に通って1年も経っていない人が歌詞を書けないと思っていた。それでアンケートをしたけど、まさか100人近く集まるとは思わなくてびっくりしました。

–それだけの数が集まることからも、まちに対する思いの強さを感じます。
VIDEOTAPEMUSIC:そうですね。協力してくれる方は世代を問わず、メールで送ってくれる人50人、紙で送ってくれた方50人っていう感じでした。
–半々なんですね!面白いです。手書きで歌詞を書かれている方もいらしたと…。
VIDEOTAPEMUSIC:ああ、石橋屋さんですね。アンケートの中に“歌詞に入れて欲しい言葉があったら書いてください”っていう項目はあったんですけど、石橋屋さんだけ、一曲丸ごとみたいに歌詞を書いてくれて、すごく気合が入っていた。何をきっかけに作り始めようかなと思ったときに、まずリズムとコード進行みたいなものを作って、それに合わせて僕はずっと石橋屋さんの書いた歌詞を口ずさみながらメロディを考えていました。「湧いた湧いたと楽しい町に〜」って、ほんとに歌い出しはあのままです。ほんとに。
–歌詞が先にあって、まちの人に導かれるようにして作られたんですね。
VIDEOTAPEMUSIC:そうですね。石橋屋さんの歌詞にメロディをつけて歌って、その続きにアンケートのいろんな言葉を当てはめていくうちに出来上がりました。石橋屋さんの書いた歌詞からはなんかもうメロディが聞こえてくるんですよね。語呂がいいというか、ちゃんと歌っぽい譜割になっている。

–歌詞からメロディが聞こえてくる…素敵ですね。「石引ゲバゲバ音頭」には、今後どういう存在であってほしいですか?
VIDEOTAPEMUSIC:もちろんいろんなところで聴いてほしいし、石引の盆踊りやまちのお祭りでずっと流れるような曲であってほしいし、永く聴かれるといいですね。それが僕もいちばん嬉しいです。モカさんが95年の石引音頭を発掘したみたいに、「石引ゲバゲバ音頭」のレコードもまた何年後かの若者が「2025年にこんな曲があったんだ」と発見してくれたら面白いですね。僕もそうやっていろんなまちのご当地音頭みたいなものをレコード屋で探すのが好きだし、それを聴いてそのまちのことを知ることも多い。不意に誰かが中古で見つけたり、予期せぬ出会いが起こったりするといいなと、レコードにするときは思いますね。

まちの人の“一晩の記憶”の中に渡った「石引ゲバゲバ音頭」
–配信だけでなく形として残ることで、より大切にしたくなりますね。9月の「石引ゲバゲバ盆踊り」はDJとしてのご出演でしたが、参加されてみていかがでしたか?
VIDEOTAPEMUSIC:こんなに大成功するとは…半分予想通り、半分予想以上でしたね。無理に煽らなくてもみんなが積極的に楽しんでいたし、地元の人から外から来た人まで、世代問わず多様な人を巻き込んで踊っている景色が見られてよかったですね。

–お子さんも積極的にやぐらに上がっていたのが印象的でしたね。ノリノリで踊る方はもちろん、最後には感極まって涙を流している方も見かけました。
VIDEOTAPEMUSIC:音楽を世に出す醍醐味ですよね、予想外のことが起こり得るというのは。曲が自分の手を離れて、勝手に誰かの人生に入り込む瞬間がある。「石引ゲバゲバ盆踊り」でも、作った曲が僕の手を離れてまちのそれぞれの人の一晩の記憶の中に渡った感じがして面白かったですね。盆踊りにいた子どもたちが大人になっても覚えていてくれたらいいですね。


30年前からの伏線は、未来へつながっていく
–大盛況の背景には、やはり石引の土壌、積み重ねてきたものがあるのでしょうか?
VIDEOTAPEMUSIC:それはたぶん95年から始まっているんだと思いますよ。95年の時点で自分たちのまちの音楽を作ろうっていう人たちがいたし、僕らがやるっていう時に、95年にやっていた人たちがちゃんと理解を示してくれたっていうのもあるだろうし。もっと遡れば、JO-HOUSEがライブハウスとしても石引の音楽カルチャーを支えてきたっていうのもあるかもしれない。いろんな積み重ねがあるからこそ、自然に踊りの輪ができて、上手くいったんだと思う。95年から30年経って、伏線のようにずっとつながってきて、また30年、何十年後かに石引の子どもたちが何かをやる、そういう未来もあるかもしれないですよね。

PROFILE
VIDEOTAPEMUSIC|ミュージシャンであり、映像ディレクター。失われつつある映像メディアともいえるVHSテープを各地で収集し、それを素材にして音然や映像の作品を作ることが多い。VHSの映像とピアニカを使ってライブをするほか、映像ディレクターとして数々のミュージシャンのMVやVJなども手掛ける。近年では日本国内の様々な土地でフィールドワークを行いながらの作品制作も行っていて、日本各地での滞在制作の記録をカセットテープと160Pの書籍にまとめたカセットブック作品『Revisit』を2024年6月にリリースした。