ゆっくりしたり、人をつないだり。まちの“濡れ縁”となるうつわ屋さん|〈shio〉大野詩桜さん

「金沢のまちを歩くと、その潤いに驚かされます。まちなかに溢れる緑と、耳を澄ませば聞こえてくるせせらぎ。都心では失われてしまった、用途の決められていない広場のような余白が、このまちには息づいています」

そう語るのは、2025年4月に開店した道具店〈shio〉店主の大野詩桜さん。金沢の観光名所・ひがし茶屋街からさらに路地を進んだ先に広がる観音町(かんのんまち)に佇んでいる。このまちなかで〈shio〉がどのような想いで営まれ、どのように風景の一部となっているのだろうか。

暮らしに溶け込む日用品を扱う

金沢の工芸品といえば、金箔や華やかな絵付けがされた九谷焼などのイメージが強いなかで、「こういう素朴な土ものを果たしてここで受け入れてもらえるんだろうか、と思っていました」と話す〈shio〉オーナーの大野詩桜さん。

「でも、いざやってみたら、『待ってました』『こういうお店なかったんですよ』という反応が多く富山、福井、新潟からも来てくださる方もいて驚きました。土もののうつわが喜ばれる飲食店の方は、京都まで買いに行っていたと言っていました」

うつわ以外にも、若手工芸作家の作品、遠州や尾州の生地を用いた衣服、天然由来成分100%の手作り石鹸、そして国内外のアンティーク・古道具まで、扱う商品は多岐にわたる。それらに共通しているのは「暮らしに溶け込むもの」。観光客向けの記念商品でも、美術館に飾るような芸術品でもなく、日々の食卓や洗面台で本当に使われるものばかりだ。

きっかけは震災後の能登を訪れたこと

静岡県生まれ、大学から東京・墨田区で過ごし、粋な江戸っ子の大人に育てられたというオーナーが初めて金沢を訪れたのは、能登半島地震で被災した友人に会いに行ったときのこと。

「被災地で、大切なうつわを一瞬で失った人の話をうかがって、モノが限られた被災地と、モノにあふれ余白のない東京。その狭間でいろいろと考えました。紙コップや紙皿で食事をするより、作り手の跡が残るうつわでいただいたほうがホッと安心できる。時にモノは日々を潤し、勇気づけてくれるものだと思います」

この能登訪問後に初めて金沢を訪れる。そこで「美的感覚や空気感にほだされてしまった」と言う。

「金沢は広場のような空間を大切にしていますよね。東京だと、土地ができればマンションが建ちます。空間消費が過剰な都心にいると、跡地に何も作らないことはまさに見識であり、賢明かつ貴重な判断であるということがよくわかるのです」

金沢市は〈金沢21世紀美術館〉、〈金沢城公園〉、〈しいのき緑地〉、〈鈴木大拙館〉など、文化・芸術のまちを作るために土地を有効活用してきた。 

「目先の利益ではなく、長期的な視座でのご尽力には頭が下がります。まさに『易きにつかず』ですよね」

金沢訪問時に、かねてより交流があった漆工の杉田明彦さんの工房を訪れた。そこで移住へと背中を押され、その場ですぐに不動産屋を紹介してくれた。人から人へとつながるなかで、この観音町の物件にたどり着いた。

もともと店を出すつもりで金沢に来たわけではない。しかし古い町家の「濡れ縁」を見た瞬間に、「ここだ」と思ったという。

「この濡れ縁があれば、内と外をゆるやかにつなぐような場所にできる、と想像できたんです。地域の人とか、いろいろな人と一緒に楽しめるイメージがすぐに浮かんできました。ここじゃなかったら絶対やってなかったと思います」

実際に濡れ縁では、近所の人とお茶を飲みながら談笑したり、時には能登牡蠣を囲んでビールを片手に語らったりと、地域の人々とのサロンのような役割も果たしている。

「発熱で店を休むことになった時は、常連さんやご近所さんが食べ物を持ってきてくれました。郷土料理のかぶら寿司は、いろいろなご家庭の味をいただきました。車が運転できない私の代わりに段ボールを捨てに行ってくださる方もいます。東京を出た今、これまで私はなんて狭くて息苦しい世界にいたのだろう、と思います。地方移住は、効率性や即効性ばかりを求める競争社会の中で、戦わずして勝つ手法かもしれません」

「まちのうつわ屋さん」として、まちなかに根を張る

開業当初、地元の人からは「駐車場もないし、立地が悪いからお客さんは来ない」と言われた。ひがし茶屋街からさらに奥まり、観光客の動線からは外れた場所。しかしその立地こそが〈shio〉の個性になっている。

「一般的な観光客がフラッとは来ないですけど、それでいい。入りづらいと言われますが、なんとなく外から見える店の雰囲気を感じ取って、敷居を跨いでくださった時点で、お店の哲学を共感してくださっている気がしています」

観音町は、2019年(令和元年)に旧町名が息を吹き返した。芸事の師匠が昔から住む文化的なまち。近所のおじさんが能面を彫る人だったり、着物を日常着にしている人がまちを歩いている。そういう環境のなかで根を張ることが、大野さんの目指す店だ。

いい意味で『そこにただあるだけ』という、日常に溶け込むようなまちのうつわ屋さんになりたいと思っています。お茶屋さんの女将さんがお店に飾る花器を買いに来たり、近くの料理屋さんがお客さんへの贈り物を選びに来たり、私の顔を見にくるだけの近所のおじいちゃんがいたり。お散歩のついでに寄っていこうとか、友だちの家に遊びに行くくらいの気持ちできてほしいです」

遊びにきたお客さんがずっと居てしまう、という話も聞こえてくる。空間に流れる雰囲気は、確かに商業店舗というよりも誰かの家みたいだ。

古民家再生と、まちへの眼差し

店舗となる建物は、空き町家を再生して貸家とするプロジェクト「カシイエ1」の一環として、建築設計事務所〈あとりいえ。〉と〈川川〉の手によって息を吹き返したもの。

「手付かずの町家も、改修して住みつなぐことができたら、まちの宝になる。その想いを大家さん、設計士さん、仲介の不動産屋さんといったみなさんがお持ちでした」

内装リノベーションは、あるものを極力生かしつつ、現代の暮らしに馴染ませる方針だ。新建材の内装を剥がすと、和室の壁は全て群青色(*1)だった。2階はそのまま活用し、1階は傷みもあったので、漆喰下地を仕上げとしている。畳の部屋のひとつは土間にして、空間をできるだけ広げ、店舗として活用されやすいよう設計されている。ファサードは濡れ縁が印象的な、オープンなガラス窓となっている。

*1 加賀藩13代藩主・前田斉泰が母のために建てた国指定重要文化財〈成巽閣〉にある〈群青の間〉。そこで使われている群青色は、もともと前田家だけが使用できる格式高い色だった。その時代に倣い、和室=群青色という文化が金沢には根付いていた。

古い建物を改修して活用し、次の世代へつないでいくこと。それは単なる店舗運営を超えて、まちの景観や誇りを守る一助となるはず。

作家と“ご近所つきあい” のような関係性

オブジェ作品で数々の工芸賞を受賞している森安音仁さんのピッチャーとグラス。お茶を注ぐと琥珀のようにきらめく「Amber Leaf」。

〈shio〉の地域性として、作家と距離が近いという特徴がある。店から20分ほど山を上れば、工芸家の育成も行なっている機関〈金沢卯辰山工芸工房〉がある。ここを卒業、及び在籍している若手作家の作品も積極的に取り扱うことで、ローカルの利点を最大限に生かしている。

〈金沢卯辰山工芸工房〉の若手作家・中嶋草太さんの架空の植物を表現した陶製のオブジェや、森安音仁さんによるアルミ箔を焼き込んだ独特な色彩をもつグラスなど、作家と物理的な距離の近さを活かしたセレクトが光る。「ランチのついでに納品」なんてことがあったり、大野さんもすぐに制作現場を見学に行ける関係性は、金沢の工芸を盛り上げる役割にもつながる。

また〈金沢卯辰山工芸工房〉に講義で来る作家も、その前後に立ち寄ってくれるという。まさに工芸のお膝元。金沢の作家の貴重な受け皿としても機能している。

「作家さんが『新作です!』ってすぐに持ってこれるようなお店でありたい。チャレンジの場にもなればいいな、とも思っています。作家さんからは、お客さんの反応がわかってうれしいと言ってもらえます」

東京では、有名作家のうつわがバイヤーや熱狂的なファンによって大量に買われ、目まぐるしいスピードで消費されるのを見てきた。作り手と使い手のつなぎ手としては、作家のものを手渡すということはどういうことなのかを考えさせられる光景だ。金沢のお客さんはそれとは違う、と言う。

「東京から来ると『これ〇〇さんの作品ですよね』ってなりがちですが、金沢の人は作家さんのネームバリューではなく、物そのものに魅力を感じてお求めいただくことが多いです。ほどよいペースでお一人お一人に手渡している感覚があります」

石鹸、衣服、古道具。暮らしを軸にした品揃え

紐付きで吊り下げられて便利な〈まにまっく石鹸〉。

実は今、一番売れているのは、大野さん自身も手放せないという〈まにまっく石鹸〉だ。オーストラリアに移住した吉岡あきさんが作る、たっぷりの精油を使った天然由来成分100%の手作り石鹸。観光で訪れて購入した人が、地元へ帰ってから「なくなったので送ってください」とリピーターになることも多いという。

「作家さんのうつわを売るのも幸せなんですけど、誰にでも使ってもらえる日用品が売れると、人を幸せにしている実感があります。みんな感想を教えてくれたりして。石鹸だけ買いに来る地元の人がいてもうれしいです」

衣服のラインナップにも、大野さんならではの問題意識が宿っている。静岡・遠州や愛知を中心とした尾州といった国産の優れた生地を用い、パターンから縫製まで夫婦で手がけることで産地を盛り上げている〈オオタシャツオオタワンピ〉。

「産地の人が、日本人が、もっと誇りをもてるように、少しでも多くの方へ心地良い服を手渡せたらと思います」

ほかには世界の民族色豊かな商品も多い。奥にある和室にはトルコで織られたアフガンラグが敷かれ、アフリカのピグミーが樹皮から作った「タパ」が壁に貼られる。さらに日本の古い帯から、フランスやイギリスのアンティークまで。国や時代の枠を超えて、そのものの価値で選ばれた商品たちが、観音町の古民家で静かに共鳴し合っている。

セレンディピティを発揮する店へ

〈shio〉では、作家の個展形式はとっていない。毎月特定の作家を呼んで回すほうが買取在庫を抱えるリスクがないので経営的には適していると知りながら、それをしない。

「個展をやると、その作家さんを目当てにお客さんがいらっしゃいます。でも私は、その時々の巡り合わせを楽しみたくて。たまたまいい作品に出会えたり、知らない作家さんと出会えたり。そういうほうが楽しいと思っています。あそこに行けばなんかいい出会いがある、と思ってもらえるようなお店でありたい」

移住と開業を同時進行で進め、まだ慣れない部分もある、と率直に話す。しかしすでに、観音町の路地の奥で「まちのうつわ屋さん」として、少しずつ確かに、金沢の「濡れ縁」としての役割を発揮している。

INFORMATION
shio
住所:金沢市観音町2-4-12
営業時間:10:00〜17:00
定休日:火・水曜
web:https://www.shio.shop/

編集・文:大草朋宏
写真:Nik van der Giesen